1996年(HONEY,WE SHRUNK OURSELVES) 製作国:アメリカ 監督:ディーン・カンディ 脚本:キャリー・カークパトリック 撮影:レイモンド・ステラ 音楽:マイケル・タヴェラ amazon.co.jpで詳細を見る。 |
弟ゴードン(スチュアート・パンキン)とともに研究所を設立したサリンスキー(リック・モラニス)は、夜間用の蛍光ドリンクや犬の鳴き声を解析して喋る装置(まるでバウリンガル)などの開発に勤しんでいました。研究は楽しかったですが、所長として講演したりするのはやっぱり苦手のようでした。
家ではアダムが科学のサマーキャンプよりも、野球のサマーキャンプにいきたいと彼を困らせていました。
そんな時、ダイアン(イヴ・ゴードン)とゴードンの妻のハティが遊びに出かけることに。
家にある巨大なポリネシアの神像キキマンを始めとして、問題ばかり起こしているサリンスキーにストレスが溜まっていたのです。
アダムとゴードンの娘ジェニー、息子ミッチーを預かって留守番のサリンスキーとゴードン。サリンスキーは彼らにマシュマロに刺す串(元素モデルで遊ぶそうな)を買うように言い追い出すと、ゴードンにあることを頼みました。
それは階段横に置かれてある、例の神像キキマンのことでした。
こればかりは捨てることができないサリンスキーは、ゴードンに頼みそれを屋根裏へ運んだのです。
そう、そこにはあの物質縮小装置があったのです。彼はこれで神像を縮小すればいつも一緒にいられると考えたのです。
しかしエネルギーのオーバーロードで、機械はスイッチを押さなくても発射され、二人はあっという間に縮んでしまうのでした。
間が悪いことに子供に薬を渡すのを忘れていたハティとダイアン、ダイアンは神像がなくなったことに喜ぶと、ごとごとと物音がしている屋根裏に上がり…。
子供たちが戻ってきたときには、サリンスキーたちの姿はなく、朝彼がダイアンに電話をした留守電メッセージが残されていたため、ジェニーたちは父親たちがいなくなったと誤解してしまうのでした。
監視役の彼らがいなくなった彼らは、友達を呼んでパーティをすることに。
こうして助けの呼べない大人たちの、まるで山あり谷ありとなった屋根裏から子供たちのいる1階までの冒険が始まったのです。
1989年「ミクロキッズ」
1992年「ミクロキッズ2 ジャイアント・ベビー」
1996年「ミクロキッズ3」
「ミクロキッズ」「ジャイアント・ベビー」に続く第3弾の登場です。
今回は大人たちが縮小され、広い家の中を冒険します。
やはり目的があっての装置による拡大縮小の方が、だんぜん面白いと思います。ただ大人が縮小ということでありながらも子供たちの行動も多いため、どちらが主体なのか判りにくく、どっちつかずの感じがありました。
子供たちが大人になっていく過程を、小さな姿で見守るという構図はよかったですが、それが縮小にはあまり関係ないところで起こっていたからかもしれません。
ストーリーやギャグなどは、完全に子供向けになってしまったといっていいでしょう。
今回のオチはもはや謎です。どうしてそこまでアレにこだわっているのでしょうか。(^^;
それにしてもゴキブリほいほいは嫌でしたねぇ。
【関連する記事】
あ〜..「3」てありましたねw。
印象に残ってないのは、やはり3作目によくある
パワーダウンを感じたからでしょうかw。
なんか隣の家のおやじさんが、元の姿に戻った時に
いつもかぶっているキャップをかぶると、
キャップ大きいぞ?的なシーンてありましたっけ?w
一応、3で終わっているようですが、特に何かしらシリーズとしてオチが強くあるわけではないので、作ろうと思ったらまだ続けられそうです。
たださすがに3になってパワー不足だったので、難しそうですね。
キャップのシーンは3ではなく1の方でした。
子供たちを元に戻すときに、隣のパパさんその前に実験台を買って出たときですね。ちょっと小さかったのかもしれません。(^^;
あ!キャップは「1」でしたか!
では「3」は全く覚えてないってことでしたw。
東京ディズニーランドの「ミクロキッズ・アドベンチャー」の方が
印象に残っていますw。
教えていただき感謝です!!
がーん、印象に残っていなかったようですね。(^^;
もっとも私も再度観るまでは、妙な民芸品の人形くらいしか頭に残ってなかったのですが…はぅ。
ディズニーランドは遠いです。(- -;;
まだ一度しか行ったことがないのです…うーん、もう何年前だろう。